2014年12月9日火曜日

卯田宗平 『鵜飼いと現代中国-人と動物、国家のエスノグラフィー』





























現代民族誌学の注目すべき研究成果がこのほど刊行されました。

卯田宗平 『鵜飼いと現代中国-人と動物、国家のエスノグラフィー』
                                東京大学出版会、367頁、2014年10月31日。

著者の卯田さんは、「なぜ、鵜飼い漁を研究しているのか」とか、「この研究にどのような意義があるのか」といった質問をこれまで周囲から投げられながらも、カワウを介した現代中国の鵜飼い漁について綿密な調査を続けてきました。

漁業は、現代社会における環境の変化に影響をうけやすい生業のひとつであるうえに、カワウという動物を漁獲手段とする鵜飼い漁は、環境変化の影響にいっそう左右される生業であるとの視点が卯田さんにはあったからです。

「鵜飼い漁ではいま以上に漁獲効率を上げようと思っても漁獲手段であるカワウを機械化するわけにはいかない。加えて、カワウは魚食性の鳥類であるがゆえに生物濃縮というかたちで水質汚染の影響を直接的に、あるいは間接的に受ける」(本書まえがきより)

カワウを機械化するわけにはいかない  -だから、鵜飼い漁における技術変化は、旧来の技術を補うかたちで現代的な技術を導入するという「技術の発展的な変化」とは異質な、技術の「展開=再編」をつうじて生業を維持してきた点を、卯田さんは論証していきます。

私がはじめて卯田さんの研究にふれたのは、昨年3月に徳島勝浦郡の月ヶ谷温泉で開催された生態人類学会第18回研究大会でのことです。並み居る若手研究者のなかでも、卯田さんの発表は群を抜いているとの感想を私はもちました。彼の発表でなにより魅了されたのは、1)生業用にドメスティケイトされた獣のうちでも、鳥類という困難な対象を主題としている点、2)鵜飼い漁という生業活動においては、カワウの野生性をけっして滅却してはならないという「家畜化と反家畜化のリバランス論」が力説されていた点、 そして、3)人間(現代中国の鵜飼い漁師)とほぼ同等の視線で、カワウそのものが「物言わぬインフォーマント」として、卯田氏のエスノグラフィーのうちに完全に書き込まれようとしていた点でした。

物言わぬインフォーマントとしての動物は、物を語る人間たちが今日到り着いてしまった社会の姿を、みえない壁の向こうがわから、まぎれもないもうひとつの命として逆照射しているのかもしれません。

東京大学ASNETの大学院リレー講義「アジアの環境研究の最前線」の講義録が、この夏に『アジアの環境研究入門』として東京大学出版会から刊行されました。卯田さんは、本講義録の編者もなさっています。これもおすすめです。