2015年10月17日土曜日

清水美里 『帝国日本の「開発」と植民地台湾』


台湾研究の俊英、清水美里さんが、このほど年来の仕事の成果を発表されました。

清水美里
『帝国日本の「開発」と植民地台湾
         -台湾の嘉南大圳と日月潭発電所
                         有志舎、2015.10.5

「日本の植民地における「開発」事業をめぐる議論は、
これまで二項対立的に功罪が問われ続けてきた。しかし、いずれの評価においても実証分析は果たして適切に
踏まえられてきたのだろうか。本書は、植民地台湾の
重要な開発事業であった嘉南大圳と日月潭発電所の
事例に即して「植民地的開発」とは何かを論じていく。
帝国と植民地の二項対立の中で不可視化されてきた、
台湾現地社会とそこに生きた人びとの営為を掘り起こしながら、帝国と植民地を貫く重層的な権力構造や官/民に対置され得ない台湾人・在台日本人の関係などを立体的に浮かび上がらせる。」      (本書 裏表紙リード文)


「人里離れた」感のただようAA研の私の授業に、
院生時代の清水さんがふらりと訪れたのは、2008年のことだったでしょうか。そして、厳しいだけが取り柄のような博士後期課程対象のこの授業をなぜか気に入ってくださって、その後けっきょく丸一年のおつきあいになりました。ちょっとやそっとの事では動じない柔和な笑顔で、毎週きまって何か手軽なお菓子をもってくきてくれた彼女の温かさには、研究室で真剣勝負の議論が緊迫してくるたびに、何度救われたことか分かりません。 そして一同、いつしか彼女のことを、「発電所の…」ではなく「ダムの清水さん」の愛称で呼ぶ慣わしとなりました。歴史のなかに置き去りとされたたった一つの主題をひたすら丹念に掘り下げていけば、かならず主題は、あるときから強烈な普遍性を湛えた輝きを帯びはじめることを、受講生一同も私も、「ダムの清水さん」の真摯な姿勢に直感し、畏敬の念をいだくようになっていたからです。

はたして「ダムの清水さん」は、このたび第一級の研究者として私たちの前に再来をとげました。

まったく無駄のない論の運び、個々の根拠づけに必要なことのみを坦々と書き進めていく作業からしか生じえないプロフェッショナルの凄みを、本書の行文から強く実感します。書き手の規範に流されがちな植民地と開発の問題を、余裕のある社会科学の知見で腑分けしながら、最終的には個人というより人間の問題として、関連の事実一切を思考の深みに導いていく手際は、見事というほかありません。

清水美里さん、すばらしい研究の贈り物、ありがとう。