2016年7月3日日曜日

アリエル・ドルフマンと飯島みどり


畏友・飯島みどりさんがまたもや、すばらしい訳業の贈り物を届けてくれました。

アリエル・ドルフマン 『南に向かい、北を求めて-チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語』
  飯島みどり 訳、岩波書店、2016年6月22日発行

歳月をかけ、ひとりの表現者のうちで有無をいわさず抜き差しならなくなっていく、スペイン語(カステジャノ)と英語、ふたつの舌=ことば(レングアヘ)との、狂おしい契り。 ヤヌスの顔をおびたその場に東アジアの翻訳者がおそらくこれまた相当な歳月をかけて憑依しまた憑依されていったなまなましさを、彼女の最終的な訳稿のうちで、テクストそのものをつうじて読み手が後追いできることの至高性。それはまた、ツイン・タワーの2001年に横領された9月11日を、このあと何度でもチリの1973年に引き戻そうとする二人の翻訳者、ドルフマンそして飯島の、力の至高性にも繋がれているはずです。

「 […] 北に向かい南を求め、もはやそこに暮らしてはいない南を求めて、南よ、千々の形を取り、数多の仮面をつけてとうとう君の許へ戻り着きつつあったのに、ピノチェトをもものともせず僕の国を取り戻しつつあったのに、
それなのにその僕の国をまたもや、自分では如何ともし難い歴史/物語のせいでまたも失うことになってゆくとは。[…]」   (>「終章」)

なお、「日本語版への付録」として本書末尾に添えられた、2006年ピノチェト葬儀をめぐるドルフマンの-ひとつの、それともふたつの?-短いテクスト、「さよなら、おじいちゃん Good-Bye to a Grandfather」/「孫たち Los nietos」は、この直後に併載された「訳者あとがき」と合わせて、必読に値する翻訳論としての批評性、というより起爆力にちかい詩趣を湛えています。訳文そのものの流麗さも込みで、見事というほかありません。

「[…] 絶えず回帰する傷を残すような抑圧 […]」  (>「孫たち Los nietos」)